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「もうひとつの歴史館・松代」が目指すもの


目 次

歴史館正面図
「もうひとつの歴史館・松代」がめざすもの
 a)「もう一つの歴史」と「未来へのメッセージ」を提示する
 b) わかりやすく学び、情報を得られる場
 c) 交流の場
 d) 歴史教育に関連する地域活動の拠点


 アジア・太平洋戦争末期、敗色濃厚となった日本政府・軍部が、「本土決戦」と天皇制護持を目的に、強制連行した朝鮮の人々などを過酷な条件で働かせて作り上げた松代大本営。その工事現場の近くでは、朝鮮の女性たちが「慰安婦」とされ、「性」を蹂躙されていた(→松代の「慰安所」)。いわば松代大本営は、日本の近代史における矛盾や、朝鮮に対する植民地支配と民族差別、女性への暴力といった問題を同時に私たちに語りかける歴史の証言者としての意味を持っている。

 その地下壕跡を、全国から年間十万人近い人々が訪れている。しかし、わずかな範囲の公開や数枚の掲示板だけでは、「マツシロ」が持つ歴史的な意義を十分に伝えきれてはいない。そこで、地下壕の入り口近くに、松代町内でかつて「慰安所」として使われた建物を復元して、各種の資料展示のできる「歴史館」を作ることにより、松代大本営が語りかける意味を多くの人々に知ってもらい、「歴史」の教訓を踏まえてどのような未来を築いていったらいいか、ともに考えるきっかけを作っていく。

 現在、韓国・朝鮮、中国などアジア諸国の人々と私たち日本人が持つ歴史認識のギャップの大きさが交流の見えない壁になっていることもあり、こうした歴史館づくりを通して、アジアの人々との歴史認識の溝を縮め、相互理解を深めていく出発点にもしたい。

 なお、観覧対象者として想定するのは、全国や海外から集まる大本営の見学者(特に次代を担う若い人たち、中・高校生等)である。

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a)「もう一つの歴史」と「未来へのメッセージ」を提示する

 これまでの「歴史」というものは、常に政府や権力に近い人たちの手によって作られ、広められてきた「物語」が多かった。例えば、戦前には、植民地・朝鮮をはじめアジア諸国の人たちが日本の侵略によって被った苦痛や被害の事実は無視し、日本側にのみ都合の良い歴史観を広め、「皇国史観」と呼ばれる形で徹底した教育を行ったことは周知の事実である(戦後もそうした歴史認識が十分に克服されなかった結果、現在もなお私たち日本人の意識の中に、アジアの人々がなめた苦痛に対する真摯な反省や謝罪の念は著しく欠如している)。一方、「性」という観点からみても、常に男性中心の歴史観が流布されてきたということができる。

 このような既成の「物語」に対して、時代の闇に葬られ、あるいは意図的に隠されてきた「もう一つの歴史」である植民地支配や強制連行、「慰安婦」制度などの問題を多くの人たちに伝え、それらを教訓にアジアの人たちと理解し合い、共生できる未来をどのように作っていけばいいか、私たちなりのメッセージを提示する。

 具体的な展示においては、「マツシロ」の持つ歴史的な意味と背景を近代史や女性史の流れの中で理解できるようにしながら、それが現代の日韓・日朝関係や「性」の問題などと、どうつながり、どのような教訓を私たちに投げかけているのかを伝えていく。

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b) わかりやすく学び、情報を得られる場

 復元した「慰安所」、松代大本営に関するビデオ、パネル展示などを通して、見る人がわかりやすく学べるように工夫する。また、より深く知りたい人のために様々な情報を提供できるようにする。
 

c) 交流の場

 歴史の教訓を通してよりよい未来を考えていくきっかけとしての歴史館は、交流の場としての機能も持つ事が望ましい。日韓、日朝間の交流、地元の人と他県の人たちとの交流をはじめ、様々なレベルでの交流が可能なスペースを設ける。地元には優先的に開放する。
 

d) 歴史教育に関連する地域活動の拠点

 開館後は、歴史教育に関連する地域活動の拠点としての役割を継続して担っていく。具体的な活動計画は開館後の検討課題だが、専門の研究員等を配置し、「マツシロ」に関わるシンポジウムの開催、継続した事実調査、各学校・公共施設への資料提供や「出前講座」等、多彩な活動が考えられる。

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